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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)626号 判決

第六二六号事件控訴人、第八二三号事件被控訴人(以下、原審被告という。)

京都ステーションセンター株式会社

右代表者代表取締役

市 川 静 夫

右訴訟代理人弁護士

千 保 一 廣

江里口 龍 輔

第六二六号事件被控訴人、第八二三号事件控訴人(以下、原審原告という。)

高木貞証券株式会社破産管財人彦 惣   弘

右訴訟代理人弁護士

山 名 隆 雄

原審原告補助参加人

中 西 健 二

川 畑 寿三男

高 山 一 秀

松 本 頼 子

植 山   博

右原審原告補助参加人ら訴訟代理人弁護士

村 井 豊 明

村 山   晃

荒 川 英 幸

牛久保 秀 樹

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する

二  第六二六号事件の控訴費用は原審被告の、第八二三号事件の控訴費用は原審原告の、当審参加によって生じた訴訟費用は第六二六号事件につき原審被告の、第八二三号事件につき原審原告補助参加人らの各負担とする。

事実

第一  申立て

一  原審被告

(第六二六号事件につき)

1 原判決中原審被告敗訴の部分を取り消す。

2 原審原告の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも原審原告の負担とする。

(第八二三号事件につき)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は原審原告の負担とする。

二  原審原告

(第六二六号事件につき)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は原審被告の負担とする。

(第八二三号事件につき)

1 原判決を次のとおり変更する。

2 原審被告は、原審原告に対し、金七億〇八五二万円及び内金一億九八一二万円に対する昭和五五年三月二八日から、内金五億一〇四〇万円に対する同年四月一三日から各支払済に至るまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも原審被告の負担とする。

第二  主張及び証拠関係

次のように付加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決六枚目裏三行目の次に改行のうえ、次のとおり加える。

「本件各弁済当時、破産会社の代表取締役の川久保明(以下、川久保という。)は、破産会社の経営が破綻に及ぶこと、ひいては自己資金による本件各弁済が破産会社の資産を減少させ、他の債権者に迷惑を及ぼす事態に至ることなど全く認識も予見もしていなかったものであり、かえって本件各弁済を行なうことにより負債相当の特別融資が実行されることを期待でき、これが会社債権者の救済につながり破産会社としてもその間の資金繰り問題は解消し、立替金の回収により会社の再建ができると考えていたものである。

よって、破産会社が本件各弁済を行なうことにより債権者を害することを知っていたということはできない。」

二  同七枚目裏八行目の「特別融資」の次に「(以下、本件特別融資という。)」を、同九行目末尾に続けて「もっとも、原審被告は、右弁済当時、右金一〇四〇万円も右特別融資金であると思っていたのであり、破産会社の自己資金であることを知らなかったのである。」を、同八枚目裏一行目の「被告の」の次に「右当時の」をそれぞれ加え、同九行目の「破産会社」から同一〇行目の「いう。)」までを「川久保」に改める。

三  同一二枚目表四行目の「記録中の」の次に「原、当審における」を加える。

四  当審における原審原告の補足的主張

1  第三者からの借入金による弁済も否認の対象になる。

破産者が他から弁済資金を借り入れた場合、破産者、融資者の主観的意思にかかわりなく、その瞬間に当該財産は当然に債権者の一般担保に組み入れられるのであり、その後、これを特定債権者の弁済にのみ充てることは平等、公平な弁済に反することとなる。借入金の使途が特定債務又は特定債権者への弁済資金に限定されている場合であっても、一旦破産者に帰属した財産は当然に債権者の一般担保となるのである。これは、破産法の最大命題である平等原則から導かれるものであり、安易に例外を認めるべきではない。どのような事情があっても、それを認めると、平等原則は害され、利益債権者と不利益債権者とを生ずることになる。借入資金による特定債権への弁済も平等弁済を害するものと解する以上、例外など認めるべきではない。

2  もっとも、借入金が破産者の責任財産、すなわち債権者の一般担保を構成する余地が全くなかった場合には、弁済を受けられなかった債権者は、元々この借入金から弁済を受け得る余地がなかったのであるから、害されることも、平等原則に反することもないといえるかもしれない。しかし、破産者がいかなる理由で借り入れた金員であれ、破産者の財産を構成することは間違いなく、右のような場合を考えることは実際上困難である。融資者の貸付目的や破産者の借入金による弁済方法等によって、借入金が破産者の責任財産になることが左右されるような解釈を採るべきでない。

3  原判決は、

(一) 融資者は、原審被告に対する返済に使用されるのでなければ貸付をしなかったこと、

(二) 融資金は、直ちに原審被告に対する弁済に使用されたので、破産者が他の用途に使用したり、他の債権者が差押その他の方法により右融資金から弁済を受けることは実質的に不可能であったこと

を理由に、特別融資金五億円による弁済は、破産債権者を害する行為に当らないと解すべき特段の事由があって、否認の対象にならないと判断する。

しかし、右(一)の融資する側の主観的意図や使途の限定、条件等は、借入金が破産者の財産を構成することに何ら影響を与えるものでない。融資者の融資条件や目的の当、不当を問題にする以前に、貸付が現にされた以上、破産者の財産を組成するのであるから、債権者のすべてがこれから弁済を受ける権利を有するはずである。

また、右(二)の事由も、破産者のした本件弁済が融資者から特定の債権者にほとんど時間的間隔を置かない方法で実行されたというに過ぎず、他の債権者が弁済を受ける可能性を奪われたのは、融資者が特定の債権者に弁済する目的のために巧妙に仕組んだ結果である。この場合でも、一時的には右借入金が破産者の責任財産を組成することは疑いない。それを瞬時のうちに弁済することによって、他の債権者も弁済を受ける可能性があったのにこれを奪ったということ自体平等弁済の原則を害する。

よって、本件五億円の弁済に右特段の事情は存在しないから、否認されるべきである。

五  原審原告の右主張に対する原審被告の反論

1  第三者からの借入金による既存債務の弁済は、①資金提供者と債務者(さらには当該債権者)との間で借入金を当該債権者に対する特定債務の弁済に当てることが協定されていること、②新債務が旧債務より態様において重くないことの二条件を充たす場合には、債権者の共同担保を減少させるものではなく、少くともこれに③当該債権者への弁済のためでなければ資金の提供はなかったという事情があること、あるいは④借入行為と弁済が密着していること、ないし他の債権者が当該借入金資金を差し押さえる可能性が全く存しなかった場合であることが付加されるときは、その弁済は他の債権者を害するものではなく、否認を免れると解すべきである。

2(一)  本件特別融資は、大蔵省が昭和五五年二月下旬、日本証券業協会に対して破産会社にかかる善良な投資者保護の措置をとるよう要請し、同協会ではこれに応ずることに決し、次いで同省及び同協会が京都証券取引所の協力を取り付けたことから、実施されることになった。その融資限度額は、各五億円ずつであったが、これは近畿財務局が破産会社に対して行なった特別検査の結果、同社の債務超過額が一〇億円未満であったからである。本件特別融資は、日本証券業協会の規則に基づく形式を採っているものの全くの例外的措置であり、専ら善良な投資者保護と証券業界の信用の維持向上のための政策であり、このことは京都証券取引所においても同様であった。

(二)  本件特別融資の具体的準備は、同年三月中旬から日本証券業協会大阪地区協会と京都証券取引所で進められ、弁済順序については、保護預かり有価証券を第一順位としたが、この基準は実情に則し合理的であり、原審被告の現先取引を意識して定められたものではない。これに伴い、日本証券業協会と京都証券取引所は、特別融資の手順並びに融資契約における基本的条項及び個別的借入申込みにおける諸条件を確定した。

(四)  破産会社の債務の種類、性質、数額は、近畿財務局検査官が検討の上確定した。破産会社と原審被告間の取引は現先取引で、破産会社は目的物を保護預かりしている立場にあり、買戻日に約定金額を原審被告に支払うべき関係にあると認定された。

日本証券業協会大阪地区協会は、破産会社に対し、特別融資の目的、条件、手順について具体的に説明し、これに応じ破産会社は、同年四月八日付けで日本証券業協会に対し、特別融資申請書及びこれに付属する覚書を提出し、併せて京都証券取引所に対しても同一内容の書面を提出した。次いで、同月一〇日付けで日本証券業協会と破産会社は特別融資契約書で基本契約を締結し、併せて京都証券取引所と破産会社との間においても同一内容の基本契約が締結された。これらの書面には、融資金は投資者保護のため必要な場合に限り日本証券業協会及び京都証券取引所が定めた順位に従って借り受け使用すべきこと、借入申込書には資金の使途区分、支払先を特定すべきことが明記されている。

破産会社は、同月一一日、日本証券業協会及び京都証券取引所に対し、右両者の了承を得た上でいずれも支払先を原審被告と特定し、各金二億五〇〇〇万円の特別融資借入申込書を提出し、翌一二日、本件特別融資が実施された。

(五)  原審被告への五億円の弁済は、右同日、大和銀行京都支店において、日本証券業協会及び京都証券取引所から委託を受けた大阪証券金融株式会社の戸田が京都証券取引所の佐久間総務部長立会の下、破産会社代表者の川久保に小切手を渡し、即時、同人は原審被告が同支店に開設している銀行口座に振り込んで右支払を了した。

3  以上のように、本件特別融資は、日本証券業協会及び京都証券取引所が弁済先を原審被告と特定し、原審被告への弁済に充てられるのでなければ貸し付けないものとして融資し、破産会社もこれを確約して借り受けたものである。当然ながら原審被告は、破産会社に対し、日本証券業協会等からの借替えを強要する等不穏当な行為は一切していない。

また、破産会社の新旧両債務は、五億円現先取引が運用利回りにおいて年一〇パーセント近くであり、あるいは遅延損害金が少なくとも年六分であるのに対し、本件特別融資の利率は年五パーセントであり、その態様において明らかに本件特別融資の方が緩い。のみならず、本件特別融資は、形式的に弁済期は定められているものの不履行に至ることは確実に予測されており、元々回収することは殆ど不可能であることが予見されていた。

さらに、本件特別融資及び弁済の状況からみて、破産会社に交付された小切手が破産会社の固有財産と化したり、任意処分に委ねられる機会も、他の債権者から差し押さえられる可能性も全くなかった。

加えて、本件特別融資による弁済が否認されることになると、原審被告は、特別融資により弁済を受けてそのまま保有している他の投資者と異なり、何らの救済を受けずに損害を被ることになり、この返還金による配当は善良な投資者以外の者にも支払われ、とりわけ日本証券業協会及び京都証券取引所が圧倒的に多額の配当を受けることとなり、その結果は、本件特別融資の趣旨に沿わず、社会的にみても甚だ不合理である。

よって、本件特別融資による弁済には破産債権者を害する行為に当らないと解すべき特段の事情があり、否認されるべきではない。

六  当審における原審被告の補足的主張

1  破産会社は、破産債権者を害することを知って本件各弁済をしたものではない。

(一) 破産法七二条一号は、同条二号の危機否認のように債権者間の公平を徹底させる趣旨のものではなく、破産者の破産債権者に対する悪意による加害行為を除去し、弁済を受けた債権者の悪意による利得を剥奪して破産財団に属する財産を増加させることを趣旨とするものである。

したがって、同法七二条一号が要件とする「破産者が破産債権者を害することを知って」いたというためには、単に破産者が特定の債権を弁済したために債権者間に不平等な結果をもたらしたというだけでは足りず、破産者が積極的に破産債権者を加害する意思を有することが必要である。

(二) 本件に照らしてこれをみるに、破産会社は、本件各弁済当時、九億六九〇〇万円の債務超過になっていて、他に多額の債務を負っているという事実を知っていたというだけでは右要件を充足したとすることはできないのであり、加えて、川久保は、倒産、破産は全く考えておらず、かえって、破産会社に関する最初の新聞報道がなされた昭和五五年三月一八日の時点において、日本証券業協会及び京都証券取引所は大蔵省の指導の下に破産会社の投資者保護と証券業界の信用維持のため、破産会社に対し特別融資を行なうことを決定しており、川久保は右業界二団体の右の動きと特別融資の額が一四億円相当のものが行なわれるという情報を業界の確実な筋から入手していたし、右特別融資や立替金の回収等により会社の再建ができると考えていたものであり、本件各弁済によって他の債権者への弁済が懸念されるなどとは考えていなかったのである。

よって、破産会社は、本件各弁済当時、破産債権者を害する意思があったということはできない。

2  原審被告が本件各弁済時までに破産会社の経営、資産について知り得た情報を、入手するに至った経緯、内容に照らし適切に評価すると、原審被告は、本件各弁済当時、善意であったことは明らかである。

(一) 原審被告は、証券会社一般に対し、それが国の免許事業であり大蔵省の厳重な監督下にあるので大いに信用しており、仮にも倒産等に至ることがあろうなどとの認識は全く持っておらず、

(二) 大蔵省の破産会社に対する検査については、鈴木証券課長から検査の内容、結果について詳しい説明は一切なく、抽象的に負債が少しオーバーしているという程度の説明があったに過ぎず、また、原審被告は、同年三月一八日の新聞報道によって右検査の目的が七億円の不良立替に関するものであることを知ったが、新聞報道の内容も主としてこの点に関するものであって、破産会社の資産、負債の状態について詳細に触れるものでなかったので、破産会社の経理の実態を正確に把握し判断できる立場になく、

(三) 原審被告は、破産会社の経営悪化を伝える同月一九日と二〇日の新聞報道の中に、原審被告に取材した事実がないのに取材したとする記事も混じっていたので、右報道の真実性に疑問を抱くような状況にあり、このような状況下で、川久保から、同月二二日右新聞報道は誤りで破産会社が資産的には健全であり、検査は会社の破綻につながるような事由に関するものではない等との説明を受け、さらに同月二四日、その説明内容につき鈴木証券課長に報告したところ、同課長はこれを敢て否定することもなく、新聞の報ずる特別融資の実現を裏付ける発言をし、その後は、破産会社に対する新聞報道は一切なく、他からも破産会社に関する情報は全く入ってこなかった、

(四) したがって、原審被告は、破産会社において問題はあっても、それは一時の資金繰りの問題で、それも立替金の回収や特別融資により解決されるとの認識の下で本件各弁済を受けたのである。

よって、原審被告は、破産会社の破綻を予見したり、破産債権者を害する等の認識を持ったと評価される事情にはないのである。

七  原審被告の右主張に対する原審原告の認否

原審被告の右主張1、2は争う。

理由

一当裁判所の認定、判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほか原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一三枚目裏四行目の「六二号証の」の次に「一、」を、同一四枚目表二行目の「二二号証、」の次に「一〇七号証、」を、同一五枚目裏八行目の「テナント」の次に「一三五店」を、同一六枚目表二行目の「余裕資金を」の次に「通知預金等にしていたが、国鉄本社の指導もあって右資金を」をそれぞれ加え、同七行目の「昭和五四年」から同八行目の「勧誘を受け」までを「右東和証券株式会社との現先取引を担当していたことから原審被告と面識があり、その後、破産会社の歩合外務員にスカウトされた戸泉政年(以下、戸泉という。)から昭和五四年一〇月ころ、破産会社との現先取引を行なうことを勧誘され、右勧誘に応じるべきか検討した結果、地元証券会社とも取引すべきであるとの観点からこれに応じることとし」に改め、同裏八行目の末尾に続けて「(なお、破産会社は、業務報告書に現先取引に関する規定を置いていないため、大蔵省の行政指導上、現先取引を行なうことができないものとされていたのであるところ、近畿財務局は、同月破産会社に対する京都証券取引所の監査結果等により、原審被告との右現先取引が行なわれていることを了知したが、右取引を直ちに解消させることは資金不足から現実には不可能であると判断し、破産会社に対し同社の状態を報告するよう指導するにとどめざるを得なかった。)」を、同一七枚目裏末行の「取引契約」の次に「(売戻日・同年六月三〇日、売戻代金・金五億三九八四万四八〇〇円であるから、その利回りは年約一〇パーセント)」をそれぞれ加え、同一八枚目表六行目冒頭から同八行目の「伝えた」までを「二億円が手元にあるなら誠意を示してもらわないと第二回五億円現先取引には応じられない旨申し出、二億円現先取引について早期に売り戻しを実行するよう求めた」に、同末行の「あった」を「あり、もし第二回五億円現先取引に応じてもらえなければ倒産に至ることは明白であった」にそれぞれ改め、同裏五行目の末尾に続けて「(その後においても右利息相当分の支払いについては、合意されることもなく、履行の請求さえもしていない。)」を加え、同一九枚目表二行目の「東海銀行株式会社」を「株式会社東海銀行」に改め、同裏五行目の末尾に続けて「(なお、原審被告が当時『ドレッシング』という用語を了知していなかったとしても、その具体的内容について了解していたことは、前掲乙第九七号証、証人川久保の証言、原審被告代表者早田本人尋問の結果(一部)及び弁論の全趣旨を総合すると認めることができる。)」を、同二〇枚目表八行目の「第一回」の前に「早田に対し、右振込金領収書を示して、」をそれぞれ加え、同末行の「本多」を「経理課長本多一」に改め、同二一枚目裏一行目の「資金」の前に「その売戻日の約定にかかわらず、」を同末行末尾に続けて「(なお、右利息相当分の金員についてはその後支払われることなく、原審被告において、昭和五六年度末に損金処理をしている。)」をそれぞれ加える。

2  同二五枚目表四行目の「しかしながら、」の次に「本件二億円弁済は前記認定のとおり履行期前の弁済であるから本旨弁済にあたらないが、」を加え、同九行目の「ところ」から同裏二行目の「対象となる」までを削る。

3  同二六枚目表四行目の「成立」の前に「前掲甲六八号証の一、四、五、乙九六、九七号証、一〇六号証、一一〇、一一一号証、」を、同行の「乙八三号証、」の次に「九二ないし九五号証、九八ないし」をそれぞれ加え、同行の「一〇六号証」から同五行目の「一一一号証、」までを削り、同六行目の「証言」の次に「(一部)」を加え、同七行目の「この」を「証人川久保の証言のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、ほかに右」に改め、同八行目の次に改行のうえ次のとおり加える。

「(一) 日本証券業協会は、大蔵省近畿財務局が前記一般検査を実施した後の昭和五五年二月下旬ころ、同省から、破産会社にかかる善良な投資者保護のためと証券業界の信用の維持向上のための両面から適切な措置をなすよう要請され、検討した結果、同年三月中旬ころ、京都証券取引所と協力して破産会社に対し、特別融資を実施することを決定した。右特別融資の額については、近畿財務局の前記検査結果による破産会社の債務超過額を考慮し、日本証券業協会及び京都証券取引所とも各金五億円とされた。なお、右特別融資は、その手続、融資額等は日本証券業協会の規則に定める特別融資とは異なるものであって、特別に理事会の決議をもってなされたものである。

右特別融資の準備は、同月中旬ころから日本証券業協会大阪地区協会及び京都証券取引所において進められ、弁済順序等融資の条件も後記のごとく決定された。」

4  同二六枚目表九行目冒頭の「(一)」を「(二)」に、同二七枚目裏一行目の「記入するようになっていた」を「記入し、破産会社が融資資金を申込書記載のとおり使用することを約する形式を取っていた」に、同二八枚目表一行目冒頭の「(二)」を「(三)」に、同八行目冒頭の「(三)」を「(四)」にそれぞれ改め、同行の「破産会社は」の次に、「、原審被告との第二回五億円現先取引に基づく売戻代金債務について近畿財務局の検査によりその存在の確認が得られ、これが保護預り有価証券を返還する場合に当たるとし」を加え、同裏三行目の「(四)」を「(五)」に、同二九枚目表五行目冒頭の「(五)」を「(六)」にそれぞれ改める。

5  同三一枚目表一〇行目の「事実は」から同末行の「いたもの」までを「前記事実関係からすると、破産会社は、右の弁済によって破産会社の資産を減少させ、他の債権者への弁済可能額を減少させるものであることを当然に認識していたもの」に改める。

6  同三三枚目裏五行目の「成立」の前に「前掲甲五八、六二号証の一、二、六八号証の四、五、乙七九ないし八一、」を、同行の「五四ないし」の次に「五七号証、」をそれぞれ加え、同行から同六行目にかけての「六二号証の一、二、」を削り、同行の「七四ないし」の次に「七八号証、」を、同三六枚目表一行目末尾に続けて「その際、原審被告代表者早田は、鈴木証券課長に対し、破産会社の経営に関し取り沙汰されていることを案じ、現先取引の金員が支払われるかどうか心配している旨訴えるということがあった。」をそれぞれ加え、同六行目の「弁済」を「弁済時」に、同裏三行目の「告げられていた」を「告げられるとともに、自らも破産会社の支払能力に疑いをもち、原審被告の現先取引の履行がなされるか心配していた」に、同五行目の「二億円」から同七行目の「要求し」までを「第二回五億円現先取引の継続を理由に二億円現先取引の売戻を早期に実行するよう要求し」に、同九行目の「延期」から同一〇行目の「なかったこと」までを「延期することとされたが、その支払期日は定められず、その後において履行請求さえもされていないのであり、このことからすると、右当時において、原審被告は破産会社の状況を慮り元金だけでも確保することに努めたことが窺われること」に、同三七枚目表七行目の「したこと」を「し、更に同月一〇日、同日付けで第二回五億円現先取引については同月七日の念書に則り同月一二日までに返済する、ただし、利息相当分一五八〇万円については後日精算する旨記載した念書を交付したこと、しかし、右利息相当分は、二億円現先取引の場合の利息相当分と同様支払期日は定められず、結局原審被告において損金処理するに至っており、以上のことからも右弁済当時、原審被告が元金の回収を図るべく努めていたことが窺われること」にそれぞれ改め、同八行目の「その資金」の次に「のうち五億円」を加える。

7  同三七枚目裏九行目末尾に続けて次のとおり加える。

「なお、抗弁4(二)の諸事情について検討を加えるに、前記のとおり原審被告代表者早田本人尋問の結果中にはその主張事実に沿う部分があり、証人川久保もこれを肯定する証言をする。しかし、川久保が右主張のような説明を早田ら原審被告関係者にしたとしても、前記認定の新聞報道の内容及び近畿財務局での面談状況、最初の新聞報道がなされた昭和五五年三月一八日以降、原審被告は自らの債権確保に汲々としている行動状況、更に早田は原審被告代表者尋問において、同月一九日、二二日に原審被告関係者になされた川久保の説明内容がよく理解できなかったと供述し、あるいは原審被告が本件現先取引のために使用した金員が駅前地下街の建設工事費用の支出までの余裕資金の短期運用のためであって、これを失うことは原審被告の事業に影響を及ぼすであろうし、また、早田ら関係者の責任問題にも波及する事柄であること等の諸事情と破産会社の当時の状況とからすると、直ちに本件現先取引において破産会社に保管されているはずの国債の引渡を求めてしかるべきであるにもかかわらず、川久保から東京の母店に保管されているとの説明を受けたことだけで、その真偽を確かめることさえもせず信用したという(それ故に、原審被告において破産会社が右国債を購入していないことを知っていたのではないかと疑われるのである。)など通常の経済人の対応としては極めて不自然な供述をしていること等に徴すると、原審被告の当時の代表者であった早田が川久保の右説明を信用していたとはにわかに認め難いので、原審被告の右抗弁を判断する資料として右主張にかかる事実関係を考慮することはできない。」

8  当審における原審原告の補足的主張について

原審原告は、第三者からの借入金による弁済も否認の対象となり、本件特別融資による五億円弁済に特段の事情はなく、否認されるべきである旨主張するので案ずるに、一般に破産者が第三者から弁済資金を借り入れた場合には、右借入金は破産者の財産として債権者の一般担保となることはいうまでもないから、これをもって特定の債権者へ弁済した場合に、全体としてみたとき破産者の積極及び消極財産は従前と数量的にみて変動がないこと等の故をもって、右借入金による弁済が他の債権者を害さないと安易に解すべきでないことは所論のとおりであるが、前記認定説示のごとく本件特別融資は、破産会社が原審被告に対する弁済の用に供するのでなければ貸し付けられなかったものであることからすると、債権者の一般担保となり得る余地のない融資金であったというほかないばかりか、本件特別融資金の貸付、右融資金による返済の実行態様、破産会社に対する特別融資が善良な投資者保護と証券業界の信用の維持向上のための政策に則って日本証券業協会及び京都証券取引所の主導の下に実施されたものであって、本件特別融資はその一環としてなされたものであり、これにつき原審被告が返済を迫る等積極的な行動をしたことを窺わせる証拠がないこと、本件特別融資の利息等の条件は第二回五億円現先取引に比し緩やかであること等の諸事情に徴すると、本件特別融資金五億円による弁済は破産債権者を害する行為に当たらない特段の事由がある場合に当たると解するのが相当であり、これに反する原審原告の右主張は採用し難い。

9  当審における原審被告の補足的主張について

(一)  原審被告は、種々の間接事実を挙げて破産会社は破産債権者を害することを知って本件各弁済をしたものではない旨主張するが、前記認定説示のごとく、破産会社は昭和五五年三月当時少なくとも九億六九〇〇万円の債務超過の状態にあり、原審被告以外に多数の債権者がいることを認識し、かかる状況下において原審被告へ弁済した場合には他の債権者に不利益を及ぼすことは当然に認識し得るところであって、これが認識しなかったことを認めるべき証拠のない本件においては、破産会社において他の債権者を犠牲にして原審被告のみに利益を与えるべき悪意があったものと推定するのが相当である。もっとも、原審被告は、破産会社代表者川久保は倒産など全く考えず、むしろ会社の再建を考えていたなどるる主張するが、破産会社の債務超過額が異常に高額であることや同社の有する約七億円の立替金債権は回収が極めて困難な状況にあり、また、昭和五五年三月中旬には日本証券業協会等において特別融資の実行が決定されていたことは前記認定のとおりであるが、右融資の目的が破産会社再建のためというのでなく、定められた債権者への返済資金として使用する以外に融資されるものではない等前記認定の諸事情に徴すると、原審被告の右主張は到底採用できるものではない。なお、原審被告は、右主張を裏付ける事実として、破産会社代表者の川久保が一四億円の特別融資がなされることを聞いていた旨主張し、成立に争いのない乙第八九号証、証人川久保の証言中に右主張事実に沿う部分があるが、右乙号証の記載部分及び右証言部分は前掲乙第九二ないし九五号証に照らして措信し難く、また、仮に川久保が右のような情報を入手していたとしても、それが確実のものであると考えていたかは右乙号証の記載部分及び証言部分自体や前記の事実関係からして疑わしいところであるから、これをもって真実川久保が破産会社の再建等を考えていたものとは到底認め難いところである。

(二)  次に、原審被告は、本件各弁済当時、善意であった旨主張するので案ずるに、原審被告が本件各弁済当時、破産債権者を害することを知らなかったとは認められないことについての当裁判所の判断は、前記のとおり付加するほか、原判決理由に説示するところと同一であり、原審被告が当審においてるる主張するところは、結局のところ、証拠を正当に理解しないか、措信し難い証拠に基づき、あるいは事実関係を片面的にのみ考察してする失当なものであって、採用し得るものではない(なお、原審被告が当審において主張するところについて付言するに、証券会社が大蔵大臣の免許を受けて事業を営むものであっても、前記認定のような債務超過のため営業困難な状況に陥り、営業停止命令が出されるおそれがあるとまで報道されているような場合に、倒産に至るのではないかとの疑念をもたないのが経済人としての通例であるとは到底認め難いし、また、鈴木証券課長の説明が原審被告の主張のとおりであったとしても、原審被告代表者早田本人尋問の結果によっても窺うことができるように、公務員である右課長が一私人である早田に有りのままを漏らすとは到底考え難いところであり、むしろ負債が少しオーバーしていると聞かされれば、破産会社が危機状況に至っていることを察知するのが通常ではないかと思われるのであって、事実早田もそのように考えたからこそ二億円現先取引の売戻を早期に実行するよう破産会社に求めるなど前記認定のような債権確保の手段を講じたのであろうと考えられ、さらに新聞報道についての主張は前記認定事実に徴すると採用し難く、早田が川久保の早田らに対する説明を全面的に信用したとは認め難いことは前記説示のとおりであり、いずれにしても原審被告の右主張は理由がないというほかない。)。

二以上の次第で、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、控訴費用、参加に要した費用につき、民訴法九五条、九四条、八九条、九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川 恭 裁判官松山恒昭 裁判官大石貢二は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官石川 恭)

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